挨拶文

キャッチコピー

エリートではありません。挫折も、絶望も味わいました。
だからこそ、あなたの「生活」を守るために、
私は戦います。

「子供が欲しい。でも、今の給料じゃ無理なんだ」

かつて、同僚が漏らした悲痛な叫びが、今も私の耳から離れません。

手取り20万円強。 私が新聞記者時代、必死に働いて手にした給与です。
仕事は全力で頑張っていました。会社からも評価をしていただきました。
それでも、物価は上がり続けるのに、給料は上がらない。結婚したばかりの友人は、経済的な理由で「家族を持つ夢」さえ諦めようとしていました。

「若者の未婚化」? 「少子化」? そんな無機質な言葉で片付けないでください。 そこにあるのは、「真面目に生きているのに、報われない」という現実です。

私は見て見ぬふりができませんでした。 なぜなら、私自身もまた、生きる苦しみを知る「当事者」だったからです。

しかし、今の政治はどうでしょうか。 国民がこれほど生活に困窮しているさなか、来年度予算案を審議する前に衆議院は解散されました。豪雪地帯の方々や、人生をかけた大学受験を控える学生の皆さまにとっては、投票所に行くことすら過酷なこの時期に、です。

いったい誰のための解散なのか。 総理の説明からは、国民への配慮が全く感じられませんでした。

さらに、私たちが以前から強く求めてきた「食料品の消費税0%」。
これまで政府は「システム改修に時間がかかる」「即効性がない」と、私たちの提案を拒み続けてきました。それなのに、選挙直前になって突然公約に掲げ、あろうことか「検討を加速する」という曖昧な言葉でお茶を濁しています。

本当にやる気があるなら、解散などせずに、直ちに行えばよかったのです。 国民には、もう先延ばしにする猶予などありません。 「検討」している間に、今日の夕飯の買い物にため息をつく人がいるのです。

私たち、中道改革連合は違います。

私たちは、具体的な財源を示しています。 そして、「期間限定」などという小手先ではなく、「恒久的に、ずっと」食料品の消費税を0%にするとお約束します。

誰かの犠牲の上に成り立つ「弱肉強食の政治」は、もう終わりにしましょう。 かつて生きることが辛かった私だからこそ皆さんの痛みが、私、福田じゅんたには届いています。

あなたのその力を、私に貸してください。

ここから、「生活を支える政治」への転換を、共に始めましょう。

福田 じゅんた

伊那谷が、私の原点です

選挙活動3

絶望の淵で私を救ったのは、「伊那谷の温もり」でした。

私の原点は、伊那谷(いなだに)にあります。

私は、飯田市で生まれました。

その後すぐに、父の仕事で神奈川に移り住みましたが、家庭環境が悪化し、追い討ちをかけるようにいじめに遭い、子供心に「世の中には希望がない」と暗く絶望していました。

そんな私を救ってくれたのが、母の療養のために帰ってきた、ここ伊那谷の人々なのです。

都会では隣人の顔さえ知らなかった私が、ここでは「おかえり」と声をかけられ、近所みんなが親戚のように接してくれる。 死んでしまいたいほどの孤独が、人の温かさで溶けていくのを感じました。

「この土地が、私に命を吹き込んでくれた」 そう確信しています。

伊那谷・飯田に住む皆様の暖かさと豊かな土地に、私自身、そして大切な母がたくさん助けられてきた。
そんな幼少期をすごしてきたからこそ、私は誓いました。 いつか必ず、この愛する故郷に恩返しをすると。

東大卒でも、二世議員でもない。 傷つき、悩み、それでも飯田の皆さんに助けられ、立ち上がってきた私だからこそ、 「弱い立場にある人」「声なき声」に、誰よりも寄り添えるはず。そして、飯田の皆様と一緒に故郷のために命を燃やせるはず。

だから、私は政治家になりました。

私一人の力だけでは限界があります。皆様も、日々全力で生き抜いて、厳しい物価上昇や税金に苦しんでいると思います。

しかし、苦しいからこそ、立ち上がらなければなりません。

飯田から長野を、そして、日本国を救うのは、他でもない、主役である”あなた”です。

ガソリンの暫定税率のような50年近く変わらなかった問題でも、私たちは解決することに成功しました。

どうか、政治を諦めないでください。

私と共に手をとって、日本、そして日本の宝である飯田を、支えるための政治に変えていきましょう

私たちの”生活を守る”6つの主要政策

イベント

私の政策は、机上の空論ではありません。

私自身の原体験と記者生活の中で聴いた

「現場の悲痛な声」から生まれた

“生活を守るための処方箋”です。

①【生活を支える積極財政】

「子どもは欲しい。でも、今の給料じゃ無理なんだ」
友人のその言葉に、政治のすべてが詰まっていた。

<政策項目>

  1. 食料品の消費税をずっと0%に
  2. 中小企業も含めた物価高を上回る賃上げの実現
  3. 新たに正社員を雇い入れた企業に対し、新規採用分の社会保険料を半分10年間補助

<この政策に込めた想い>

新聞記者時代、私の手取りは20万円強でした。 どんなに働いても、通帳の残高は増えない。
「結婚したばかりだけれど、子どもは諦めようと思っている」。
同僚がふと漏らしたその言葉が、今も私の胸に棘のように刺さっています。

少子化の原因は、若者の心変わりではありません。
「真面目に働いても、ささやかな幸せさえ描けない」という経済的な絶望です。

私は、この残酷な現状を破壊したい。

だからこそ、生きるために不可欠な「食料品の消費税」をずっとゼロにします。

そして、中小企業の社会保険料を国が肩代わりしてでも、給料を底上げします。 「お金がないから」という理由で、愛する家族との未来を諦めさせない。それが私の目指す社会です。

②【伊那谷の農家・食文化を守る】

ストレスで死んでいく家畜。消えゆく「おたぐり」の味。
「焼肉の街」の誇りを、ここで終わらせていいのか。

<政策項目>

  1. 食肉処理施設の移転・新築や経営の補助で伊那谷の畜産業を守る
  2. 農業者戸別所得補償制度を復活し、コメや野菜、果樹などに拡大
  3. 高騰した農業機械などへの支援

<この政策に込めた想い>

人口あたりの焼肉店日本一。私たち飯田市民にとって、焼肉や「おたぐり(モツ煮)」は単なる食事ではなく、集いの文化であり、誇りです。
しかし今、その土台が崩れようとしています。

県内の食肉処理施設の移転断念により、豚を神奈川県まで運ばざるを得ない状況が迫っています。

長距離輸送はコストの問題だけではありません。
「豚がストレスで輸送中に死んでしまう」――そんな悲劇を、動物たちにも、手塩にかけて育てた農家さんにも背負わせるわけにはいきません。

県だけでできないなら、国が動けばいい。 私たちの食文化と、伊那谷の農業の火を、私が最前線で守り抜きます。

③【若者、子どもの未来のため】

「うちはお金がないから、夢は諦めてくれ」
親にそんな残酷な言葉を言わせる社会は、私が変える。

<政策項目>

  1. 国公立大学授業料の実質無償化
  2. 給付型奨学金の拡充
  3. 出産にかかる費用の無償化

<この政策に込めた想い>

私自身、家庭の事情と父との確執に苦しみ、逃げ場のない青春時代を過ごしました。だからこそ痛感します。
生まれた家や環境で人生が決まってしまう「親ガチャ」という言葉が流行る社会は、おかしいと。

「医学部に行きたい」「研究者になりたい」。
そんな子どもの夢を、親が「金銭的な理由」で摘み取る無念さ。
数百万の奨学金という名の「借金」を背負って社会に出る若者の不安。

スタートラインは、平等でなければなりません。 教育の無償化は、バラマキではありません。未来への、最も確実な投資です。

④【いつまでも安心して生きられる社会】

建設費が100億増えても、命の拠点だけは譲れない。
「住みたい田舎」が、「安心して生きれる田舎」であるために。

<政策項目>

  1. 赤字の公立病院への支援や新築建て替えの補助
  2. 保険料を払っていなくても受給できる月額約8万円の最低保障年金の導入
  3. 生きづらさを抱えた人がSNSで相談できる体制を構築

<この政策に込めた想い>

飯田市や宮田村は「住みたい田舎ランキング」で注目されています。
しかし足元を見れば、地域の要である昭和伊南病院は老朽化し、建替え費用は資材高騰で160億円から270億円に膨れ上がりました。 計画は頓挫寸前です。

ですが、ここで諦めれば地域医療は崩壊します。

病院がなければ、移住どころか、今いる私たちが安心して暮らすことさえできません。

そして、心の医療も同じです。
かつて高校生の私が「死にたい」と思った夜、学校で配られた「電話相談カード」の連絡先に電話はできませんでした。電話はハードルが高いのです。 今、孤独に震える若者が、指先一つ(SNS)で助けを求められる。そんなセーフティネットを必ず作ります。

⑤【持続可能な伊那谷の構築】

東京まで4時間。このバスは、私たちの「足」であり「命」だ。
陸の孤島にはさせない。リニア時代へ、道をつなぐ。

<政策項目>

  1. 移住者に対し、住民税を一定期間軽減し、東京一極集中を是正
  2. リニア中央新幹線の早期開業と、飯田-名古屋間の先行開業をJR東海に働きかけ
  3. リニア三遠南信の効果を伊那谷全体に広げるため、特急伊那路の伊那市駅延伸を要請
  4. 路線・高速バスの維持のため、運転手確保に向けた支援

<この政策に込めた想い>

電車なら6時間かかる東京への道のりを、4時間で結ぶ高速バス。これは伊那谷にとって単なる移動手段ではなく、都市とつながる唯一の「生命線」です。 しかし、コロナ禍を経て運転手が去り、低賃金ゆえに戻ってきません。減便が続く現状は、地域の衰退そのものです。

まもなくリニアと三遠南信自動車道が開通し、この地は激変します。そのチャンスを掴むためにも、まずは足元の交通を守らなければなりません。 「運転手の給料を上げてでも、路線を守る」。 そして、移住者がこの地に住むメリットを政治主導で作り出し、人の流れを東京からこの伊那谷へと逆流させます。

⑥【クリーンな政治の実現】

なぜ、裏金問題が起きるのか。
それは政治にお金がかかりすぎるからだ。

<政策項目>

  1. 旧統一教会と国会議員の関係の再調査
  2. 企業・団体献金の受け手規制の強化

<この政策に込めた想い>

自民党の有力議員は、企業から多額の献金を受け取り、10人以上の秘書を雇い、選挙を有利に進めています。

旧統一教会の問題もうやむやにされたまま。 私は、しがらみがありません。だからこそ、この腐った構造にメスを入れられます。 「企業団体献金の受け手規制」。蛇口を元から締めない限り、政治は絶対にきれいになりません。

焼きそば料理中

プロフィール・人柄

誕生日1993年11月3日
趣味日帰り温泉巡り、野球観戦
尊敬する人物祖父
好きな言葉至誠通天(しせいつうてん)
長所友人に教えてもらいました。
親しみやすさ: 偉ぶらず、心安く話せる雰囲気。「昭和の代議士」のような人間味がある。
・共感力: 自身の辛い経験から、弱い人の気持ちが痛いほどわかる。
・ポジティブ・頼もしさ: 困難があっても諦めず、隣にいて安心感がある。

飯田市 在住

1993年(平成5年)、母の地元である飯田市で生まれました。

祖父は飯田市松尾で下平製作所という建具屋経営、曽祖父は画家の下平善三です。

生後すぐ神奈川県へと転居しましたが、母が病気を患い、療養のため飯田に帰省します。
そうして、保育園年長から幼少期は伊那谷の空気を吸って育ちました。

神奈川にいた頃の私は、幼稚園でいじめられ、いつも何かにおびえており、幼いながらに、世の中は暗く希望のないものだと感じていました。

しかし、飯田に帰り、祖父母や保育園・小学校で出会った友人、地域の皆さまに励まされることで、母も私も元気をとり戻すことができたのです。

飯田の皆様の暖か沙に触れることで、

「伊那谷が私たちに命を吹き込んでくれた」
「いつかはこの地に恩返しをしたい」

という強い思いが芽生え始めました。

しかし、再び父の仕事の関係で神奈川に戻った高校時代も、人間関係などに悩み、自分が壊れてしまいそうになります。
「消えてしまいたい」と考えるほど追い詰められていました。

その状況から脱することができたのは、趣味の野球観戦や予備校で出会った友人のおかげです。

「人との出会いが人生を変える」と実感し続けた32年間でした。

それから、2024年の衆院選に初当選し「伊那谷に恩返しができる」機会を与えられました。

しかし、まだまだ道半ばです。
まだまだ皆様の生活を良くしていきたい。
ガソリンの暫定税率の廃止には成功しましたが、もっと皆様は楽になれるのです。

さらに皆様の生活を支えるため、
食料品の消費税をずっと0%にするため、
そして、地元伊那谷、日本のため

あなたのお力をお貸しください。

どうぞよろしくお願い致します。

【PERSONA:人となり】

趣味:伊那谷の「湯」と「球音」を愛す

  • 日帰り温泉巡り:「飯田の温泉は日本一」だと本気で思っています。600円程度でサウナ付きの本格的な湯に浸かれるなんて、都会では考えられません。地域の皆さんと裸の付き合いができる、私の大切なリフレッシュ時間です。
  • 野球観戦:球場の熱気と、筋書きのないドラマが好きです。そんな球場で得たエネルギーを、翌日の活力に変えています。

好きな言葉:「至誠通天(しせいつうてん)」

「誠を尽くせば、思いは天に通じる」という意味です。

私は不器用かもしれませんが、嘘はつきません。祖父のように実直に、泥臭く。誠心誠意向き合えば、必ず道は拓けると信じています。

周囲から見た「福田じゅんた」

友人たちからは、よくこんな風に言われます。

  • 「中身は昭和の代議士?」平成生まれですが、なぜか「昭和の雰囲気がある」と言われます。偉ぶらず、誰とでも心安く話せる「親しみやすさ」が取り柄です。
  • 「痛みがわかる男」自身も家庭の事情で苦労した経験があるため、「弱い人の気持ちが痛いほどわかる」と言ってもらえることが、私の誇りです。
  • 「隣にいると安心する」どんな困難があっても諦めないポジティブさと、どっしりとした頼もしさがあるそうです(自分では必死なだけなのですが…笑)。

略歴

  • 1993年11月: 飯田市立病院にて出生
  • 幼少期: 飯田中央保育園、飯田市立松尾小学校に通う
  • 大学時代: 國學院大學法学部 卒業
    • 参議院議員 福山哲郎事務所 インターン
    • 衆議院議員 中谷一馬 秘書
  • 社会人: 株式会社千葉日報社 入社
    • 約5年半、報道記者として国会・県政・地方行政を取材
  • 現在: 故郷・飯田市松尾明に在住し、衆議院議員として活動中

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